天正17年、中津城主黒田官兵衛孝高、長政父子により謀殺された城主宇都宮鎮房の侍女たち12名、黒田勢の追手
により命を落としたという痛ましい出来事が残っています。この出来事を憐み御霊を慰めたのが、御霊神社の始まりだそうです。
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